2015年3月29日日曜日

陽咸二 作「第八回全日本中等学校剣道大会」メダル

日名子実三についで紹介の多い陽咸二のメダルです。



この 「第八回全日本中等学校剣道大会」では、古代の武人をモチーフとした図柄となっています。

彼の代表作「サロメ」や「灯下抱擁」などを見ても思うのですが、彼の骨格の無いような作風はどこから来てるのでょう?
陽咸二は、小倉右一郎門下で、かなりしっかりとした技術力があるだけに、これは彼なりの美意識ではないかと思うのですが。

まず、当時の作家たちに多大な影響を与えたクロアチア出身の彫刻家「イヴァン・メシュトロヴィッチ」からの影響も指摘できるでしょう。
ただ私は、このメダルの図形を見て、もう一つ影響を与えたものがあると思っています。
それが、「埴輪」です。


以前、「埴輪の美に就いて」と題して文を書きました。 

高村光太郎の言う「此の明るく清らかな美の感覚」を、その造形性を取り込むことで陽咸二は表現しようとしたのではないでしょうか。
そのため、埴輪にある骨格が無く、丸っこい造形が彼の作風となっているのではないか。

彼の特質である和洋折衷的な感覚は、「イヴァン・メシュトロヴィッチ」と「埴輪」とを結びつけることをも行ったと言えるでしょう。

2015年3月22日日曜日

Intermission 東山動植物園の彫刻


子供を連れて、名古屋の東山動植物園に行ってきました。

この東山動植物園は、動植物の鑑賞だけでなく、戦前より文化活動に力を入れており、鶴舞公園にあった時代から、岐阜に疎開していた岡本一平や瀬戸に住むことになる北川民次らによって作品展示や児童画教育などを行っています。

現在も園内のいくつかの場所に、動物を説明するパネルだけでなく、彫刻的な作品が建っています。
これらは、もちろんメインではなく目立つものではないのだけど、この園の培ってきた時代を感じさせ、 とても素敵なコラボレーションになっていると思います。


池の辺に立つ裸婦像


 
カバの前で


あいにく、園内のいくつかの場所が工事中で、あまり作品の写真が撮れなかったのが残念です。(子供の写真を撮る片手間だったしね!)

実は今回探していた作品がありまして、佐土哲二という彫刻家が制作したと言うカバの噴水の作品でした。
それが、写真の最後にある蛙を乗せたカバの作品です。


佐土哲二は、日本美術院の作家です。
彼はちょっと変わった経歴の持ち主で、実は小説家、国木田独歩の息子です。
そして、小林多喜二のデスマスクを取った人物でもあります。
また、画家中川一政の近所に住んでいたらしく、彼の著書で描かれてもいます。

佐土哲二に、カバの像を依頼したのは石川栄耀という人物で、名古屋の都市計画の基礎を築いた人として知られます。
この東山動植物園のブログに詳しいいきさつが紹介されています。
http://www.higashiyama.city.nagoya.jp/17_blog/index.php?ID=1754

このカバの上にある蛙の口から水が出たんですね!
あの凶暴なカバという動物にかかわらず、実に可愛らしい作品でした。

2015年3月17日火曜日

「八紘一宇」が話題になるとは...

>日本中から各県の石を集めましてね、その石を集めて『八紘一宇の塔』ってのが宮崎県に建っていると思いますが、これは戦前の中で出た歌の中でも、『往 (い)け、八紘を宇(いえ)となし』とか、いろいろ歌もありますけれども、そういったものにあってひとつの、メインストリーム(主流)の考え方のひとつな んだと、私はそう思う」

麻生太郎財務相の答弁ですが、ここで話された 『八紘一宇の塔』とは、このブログでもなんども取り上げています日名子実三によって原型が制作された八紘之基柱(あめつちのもとはしら)ですね。

下が以前書いた文章です。
日名子実三 作「八紘之基柱」絵葉書


今回は、日名子による原型と、彼の描いた完成予想図の絵葉書を紹介します。
これらの方が作家の意図が明確に伝わってきますね。
日本の古代、神話の時代を思わせます。
このような「信仰」を造詣する日名子実三は力量のある作家だったのだと思います。
宗教的な造形物は、作り手に本気の「信仰」がないと、貧弱なものになりがちだからです。





2015年3月15日日曜日

名古屋汎太平洋博美術展 出品作





「名古屋汎太平洋平和博覧会」は、1937年(昭和12年)の3月15日~5月31日まで名古屋市南区熱田前新田(現・港区港明)で行われ、その美術展に出品された作品の一部が上記の絵葉書の作品のようです。
第二次世界大戦前で最後で最大の一大博覧会であり、終了2ヶ月後に日中戦争が勃発しています。

「名古屋汎太平洋平和博覧会」については、こちらで詳しく説明がありました。http://network2010.org/article/147

こんな記事もありました。
http://www.tobunken.go.jp/materials/nenshi/1907.html

これによると、名古屋在住者による委員会の設置を希望したようですが、実際はどうだったのでしょう?
上記の絵葉書での彫刻家、津上昌平は福岡の出身で小倉右一郎門下の作家ですね。
この他にどんな作家がどのように関わったのか、知りたいところです。

愛知での博覧会や大規模な美術展といえば、平成元年(1989)年7月から11月の4ヶ月間行われた「世界デザイン博覧会」や2005年3月から9月まで行われた「愛・地球博」、そして「あいちトリエンナーレ」などがありますね。
こういったお祭りはあまり戦前と変わりませんね。
戦争直前の「平和」の博覧会と現在の「あいちトリエンナーレのテーマ「虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅 Homo Faber: A Rainbow Caravan」と比べてみて、意味のわからないテーマを掲げる現代の方がある意味健全なのかもしれないな、などと思います。

2015年3月8日日曜日

Intermission 妖怪のせいなのね...

 

菊地章太 著「 妖怪学の祖 井上圓了」や末木文美士 著「日本宗教史」などを読む。

末木文美士という方は、井上圓了に繋がる人ではないかと思う。
知に思想が流れる人。

それはともかく、この「 妖怪学の祖 井上圓了」に、井上圓了の哲学としての仏教、在家主義の思想が新興宗教、特に創価学会を生みだした地となっていると暗に書かれていました。
そして、それに反する肉体的実践としての仏教、出家主義の宗教がオウム真理教だ。
オウム真理教が創価学会を攻撃したのは周知のとおり。

井上圓了の時代から現代まで、日本宗教史、そしてなにより日本史は繋がっているのだな~。

また、井上圓了の周辺、対した柳田國男や柳宗悦、彼らの民俗学が日本優越論と繋がり戦争を肯定する事など、そしてそれゆえに左派的でユートピア(千年王国)を求める水木しげるの「鬼太郎」と対して現実主義的(あの世が近接していて、ある意味実社会上での解決を行うしかない)な「妖怪ウォッチ」。

あぁ、こうやって歴史は作られていくのだな。

写真は子供の頃に集めてた 鬼太郎」の消しゴム人形コレクションの一部。
一点だけ「悪魔くん」のがあるのだけど、これは大人になってから購入。
十二使徒全部揃ってないんだよな~

2015年3月7日土曜日

中牟田三治郎 作「国際水上競技大会」メダル

彫刻家、中牟田三治郎の三回目の紹介です。
以前(ナカムタミチロウ)と紹介したのだけど(サンジロウ)が正しいみたいですね。

具象作品の多い中牟田ですが、これはイメージ化された対象を描いています。
高村豊周は彼の作品にドイツ表現主義の影響を見、「内へ内へと省みさせ考えさせる美である」と賛辞を送っています。
確かに、このメダルにある構成的で完璧主義的な美は、ドイツ表現主義彫刻を代表するエルンスト・バルラハの宗教性に近いものを感じますね。
 
この作品の原型は、1928(昭和3)年に行われた第二回構造社展に出品されています。
現在は福岡県立美術館に所蔵されているようです。
水泳をモチーフにした作品の多い構造社ですが、その中でも優れた作品の一つではないかと思っています。