熊谷幸之輔( 1857-1923)は、1881(明治14)年に、愛知医学校の後藤新平校長から一等教諭として名古屋に呼ばれ、その後、愛知医学校や愛知県立医学専門学校などの校長を33年間にわたって務めた人物です。
この銅像除幕式は、1918(大正7)年。
熊谷幸之輔は60才。彼の業績を称え、愛知県立医学専門学校に建立されます。
(本人自身が写っている写真がありますね)
現在は、その胸像のみ、名古屋大学の医学部に安置されています。
それにしても、自分自身の銅像の建立ってどういった気持になるのでしょうね!
作者は新海竹太郎です。
東京文化財研究所には、彼の残した熊谷幸之輔像のガラス乾板があります。
https://www.tobunken.go.jp/materials/sinkai/27991.html
材質はブロンズ、高さは5尺(1.5M)。
銅像に合わせて作られた台座が、かなりお洒落ですね~
これが残っていないのは、本当にモッタイナイ。