2023年7月3日月曜日

独逸の彫刻家 Paul Scheurle(ポール・シューエル)「ガイア」絵葉書



1941年、ドイツで開催された「大ドイツ芸術展」。
そこに展示された作品で、彫刻家「Paul Scheurle」による「ガイア」です。
ナチスお抱えの彫刻家、アルノ・ブレーカーは巨大男性像で有名ですが、「Paul Scheurle(ポール・シューエル)」は女性像を多く制作していたようです。

この像のように、ヒットラー好みに理想化されたアーリア人「女性」は、産む性として大地や農作地のイメージと結び付けられます。
その均整とれたスタイルは、ナチスの「正しさ」の象徴するものであったのでしょう。

大地の神、豊穣の女神を想像したとき、例えばオーストリアで発見された土偶「ヴィレンドルフのヴィーナス」のような豊満な女性を想像するのではないでしょうか?
日本人なら、「まんが日本昔ばなし」で椀にペタペタとご飯をよそうお母ちゃんのような。
この「ガイヤ」に見られる女性像ではないでしょう。

ヒットラーの愛したアドルフ・ツィーグラー の「四大元素」の女性像も、筋肉質な労働者、近代的な女性像です。
この女性像が豊穣と結びつくのですね。

この豊穣は近代的な農業生産、または工業生産、大量生産を意味しているのかもしれません。
つまり、豊穣=近代的な生産→近代的な女性像 となるのでしょう。
その結果、「ヴィレンドルフのヴィーナス」が、ポール・シューエルの「ガイア」になるわけですね。

良い悪いは別として、近代化によって肥大化した戦争は、働き生産する女性を生みだしました。
これはドイツだけでなく、アメリカや日本もそうです。
日本では「銃後」と言われますね。

戦争が生みだした近代的な女性像は、それまであった男性に従属し、裸体を魅せる女性の彫刻とは異なるベクトルを生みだした、と私は思っています。
例えば、朝倉文夫や藤井浩祐の女性像と、日名子や清水多嘉示とは、その視線、ベクトルが異なる。
そして、佐藤忠良らに繋がるわけですね。
多様化、多様化と叫ばれる昨今、ここから日本の彫刻はどこに向かったと言えるのでしょうか?



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