2020年5月14日木曜日

地方の彫刻界

昭和初期、東京中心であった「彫刻」が、人材の流動や書籍や流通発展に伴い地方に広がっていきます。
ここに紹介した絵葉書はそういった地方の展覧会に出品された作品です。



山口県室積町の新田商店発行で発行された「鯉洋画壇展覧会絵葉書」は、山口県の早長八幡宮で神官を勤めていた大楽桃白により開催された展覧会のようです。
作者の重光明楽についてはよくわかりませんが、門井耕雲は高名な仏師です。

門井耕雲は、1927(昭和2)年に名古屋コーチンの販売業「さんわ」の創始者である伊藤和四五郎より当時世界最大級の木造観音、「東山観音」像制作を委託されます。
日暹寺(現日泰寺)東側にアトリエを建て、五年の歳月の後一木造りの木造を完成。
木彫でありながら、高さが三丈三尺(約10メートル)あったとされます。
https://www.sanwa-grp.co.jp/other/archivement

この像は、中支那派遣軍司令官を退役した松井石根により、所謂「南京大虐」後の同地の毘盧寺に「日華親善」の為に送られ、祀られます。
http://www.nittyu-aichi.jp/news/110416-214514.html
さらに戦後、文革により「東山観音」は焼失したと言うことです。

絵葉書の「S嬢の像」は仏師門井耕雲の珍しいモデルを用いた具象像と言えるでしょう。
展覧会の時代は不明ですが、仏師として身を成す前の比較的若い時代の作品かもしれません。

次は「郷土芸術野菊社」の「第三回展覧会絵はがき」です。
展覧会の開催場所、「杉山周山」「阪部節山」ともに詳細不明です。
「阪部節山」の「小児頭像」も「或女の顔」は大理石でしょうか?
こちらも仏師の実験作のように見えますね。
どうなんでしょうか?

それにしても「鯉」だの「野菊」だのと地方色を出そうとして、卑屈になっていないでしょうか??

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