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2023年11月23日木曜日

日名子実三 作 カメラを持つ女性像

 今日は久しぶりに日名子実三のレリーフです。

このレリーフには、賞の名が入ったプレートが取り付けてあったような跡がありますが、プレート自体無く、どんな賞のための楯だったかはわかりません。

描かれているのは、カメラを持つ裸婦ですね。
彼がよくモチーフとして扱う日照も描かれています。
裸婦が手に持つのは、蛇腹カメラですね。
私の知識では、このカメラの型式はわかりません。なんでしょうか?

この裸婦ですが、日名子には珍しい、面長の女性です。
彼のお気に入りのモガな女性モデルとは異なる気がします。
1932(昭和7)年作の「第3回国際広告写真展覧会」では、この女性モデルで制作されています。
手に持つカメラは、同型に思えます。
どうでしょうか?
髪型が違うだけ?

1931(昭和6)年大阪朝日新聞主催「全関西写真連盟 撮影競技大会」メダルは、今回のレリーフのモデルと似ています。

こちらのモデルにお願いしたのでしょうか?
でも、この人の体は、本職のバレリーナなのか、引き締まってるし……
さて??

2023年6月5日月曜日

大正6年 畑正吉 作「第三回極東選手権競技大会」メダル 





極東選手権競技大会は、米領フィリピン、中華民国、当時の日本を主な参加国として、1934(昭和9)年まで10回開催された競技大会です。
こうした国々が欧米に対抗するための文化政策として、このような競技会を必要とします。
当時のフィリピンは、アメリカの影響下にあり、スポーツ先進国でした。
後進国であった他国は、その技術を得るためという目的もあったのでしょう。

行われた競技は、陸上に競泳、野球、テニス、サッカー、バスケットボール、バレーボール、そして自転車やボクシングと今でも人気あるものです。
こうした戦前からの蓄積が、今の日本及びアジアのスポーツの礎となっているのですね。

1917(大正6)年に開催された第3回大会は、初の日本開催であり、何より初の国際的スポーツ競技大会でした。
会場は東京市芝区芝浦の埋め立て地。
日本スポーツ界の意気込みは凄まじかったでしょうね。
この大会で、日本は総合優勝を果たします。

そんな理由もあり、メダルの制作も第一人者である畑正吉に依頼されたのでしょう。
薄彫りですが、とても美しいメダルです。
ペアになっており、一つは鳳凰を抱え、翼の生えた観音(?)像。
片方は、その観音に見守られた5人の走者の姿です。
メダルに観音像が描かれるのは、西洋のメダルに描かれた女神像に担ったものではないかとご指摘頂いたことがあります。
畑正吉は、そういった伝統と日本の信仰とを重ね、「翼のある観音」を生みだしたのかもしれません。
その結果、仏教でもキリスト教でも、儒教でもない、どこにも属さないアジアの女神像を描くことを可能としました。
これも一つの「近代仏教臭彫刻」と言えるのかもしれません。
https://prewar-sculptors.blogspot.com/2022/02/blog-post.html
ただ、この「鳳凰を抱えた」というイメージがどこからきたのか、私にはわかりません。
何でしょうか?

2022年6月5日日曜日

北村西望 作 朝日新聞社健康児童賞牌


昭和5年の端午の節句、朝日新聞社主催の「健康児童賞」のレリーフです。
サイン等はありません。ただ翌年も同じ顕彰が行われ、そのメダルを北村西望が制作しています。
こちらが昭和6年のメダルです。
どちらも「桃太郎」をモチーフにしています。
作品の作風からして、昭和5年の賞牌も北村西望によるものと思われます。
面白いのは、この昭和5年の賞牌は鏡面になっているのですね。
凸凹もおなじく逆転しています。
メダルの制作過程で、石膏原型から電気鋳造で凹型をつくりますが、それとは素材が異なる気がします。
なんなのでしょう?
とりあえず、画像操作で反転してみました。


これで文字が読めますね。
更に、諧調を反転すれば、原型の姿が拝めます。

こんな感じだったのでしょうね。

それにしても「桃太郎」というのは、なんて北村西望に合うのでしょう。
勝手なイメージなのですが、どちらも「邪気の無い正義感」を感じるのですよ。
皆さんはどうですか?

さて、最後に戦前の「桃太郎」と現代の「桃太郎」の映像を紹介します。
端午の節句とは元服、つまり成人を祝うお祭りでした。
そのイメージに使われる「桃太郎」とは、子供の姿でありながら、あるべき「成人」像、つまり大人の見本であったはずです。
現代の私たちは「桃太郎」によって、どんな大人像を子供に与えようとしているのでしょう?








2021年5月31日月曜日

体育賞 陶製レリーフ


作者不詳のレリーフです。
銘はありますが、よく読めません。「金」でしょうか?

陶で制作されていることから昭和15~20頃と思われます。
明治神宮体育大会のメダルもその頃から銅以外の素材が使われました。
https://prewar-sculptors.blogspot.com/2012/11/blog-post_6.html

モチーフはメストロウィッチ風の多重像で、スポーツ選手が描かれています。
https://prewar-sculptors.blogspot.com/2012/10/blog-post_25.html
3段と少なく、造形もそこまで達者ではありませんが、阿吽の様な左右の効果が面白く、結構気に入っています。

2017年11月12日日曜日

日名子実三 作 主婦之友社「軍人援護会長賞」楯 

久しぶりに日名子の楯を手に入れました。
財団法人 文化事業報国会 主婦之友社による「軍人援護会長賞、建気なほまれの会表彰」です。

この記念楯には年号がありませんが、財団法人 文化事業報国会の成立が昭和16年なので、そこから昭和20年までの4年間に使用された物だ推測します。

左上に日名子実三の銘があります。
描かれたのは、楠正成楠の嫡男、楠木正行(くすのき まさつら)。
楠木正行は、四條畷の戦いで足利側の高師直・師泰兄弟と戦って敗北し、弟の正時と共に自害したとされています。
太平記には、この合戦に赴く際、吉野の如意輪寺の門扉に辞世の句を矢じりで彫ったと言う物語があり、このレリーフはその姿を描いたものだと思われます。
中央には、その辞世の句が描かれています。

「かへらじと かねて思へば梓弓 なき数にいる 名をぞとどむる」


戻らない梓弓の如く、我々も生きて帰ることはない。死んで名前をここに残す。
と言った内容でしょうか?

楠正成楠の像と言えば皇居外苑が有名ですが、彼の銅像は戦中、二宮金次郎像と並んで数多く造られています。
そういった中でその子楠木正行の像というのは珍しいですね。

ここで楠木正行が選ばれたのは、主婦の友社によって銃後の女性や子供たちを顕彰した「軍人援護会長賞」ならびに「建気なほまれの会表彰」であることがその理由ではないでしょうか。
つまり、楠正成楠の意思を継ぎ、その背中を追いかける正行の姿に、前線で亡くなった者の意思を継ぎ、銃後を守る女性や子供たちの姿を重ねさせたのでしょう。

そう、辞世の句の心持を銃後の人々に訓示しているかのような楯なんですね。
この日名子の楯は、言葉と物語とその彫刻作品とが、がっちり合った完全なプロパガンダであり、それでいて、作品として美しい...
私の持つ日名子作品の中でも一級品の一つだと思っています。

2012年11月1日木曜日

日名子実三 原型「護国亀鑑」盾


今日は、日名子実三原型のレリーフの中でも、特につまらない作品を紹介します。
この「護国亀鑑」盾は、戦時中、一家族から二人以上の戦死者を出した家庭に国から贈られたものです。
神戸大学のアーカイブに当時の新聞記事がありました。→こちら
「亀鑑」 とは『行動や判断の基準となるもの。手本。模範。』といった意味で、国家に殉じた人たちを指すのでしょう。
こんなの貰ってどうなるものかとも思いますが、賜って救われる人もいたでしょうし、 複雑です。

描かれているのは靖国神社です。この面白みのないモチーフは、日名子実三の作品の中でも異例で、左端にはこの作品以外で見たことのない落款があります。
依頼主である国家から、モチーフに対して注文もあったでしょうが、それにしてもつまらない。
もしかしたら、死者の為に贈られるこのレリーフの制作が、日名子の手に負えなかったんじゃないかとさえ思います。

現在の靖国神社の遊就館には日名子の彫刻がありますので、興味のある方は是非。

ちなみに、レリーフと一緒に朝香総裁宮殿下の表彰状が贈れれましたが、その朝香宮家の本邸は、現在東京都庭園美術館になっています。
「舟越桂 夏の邸宅」展の時に行ってきましたが、素晴らしい場所ですね。

2012年10月30日火曜日

日名子実三 原型「学士會ゴルフクラブ 内務次官賞」盾

昭和11年(1936年)11月1日に行われた学士会ゴルフクラブの記念盾です。
原型は、日名子実三。ゴルフバックを背負った人物が描かれたレリーフです。
日名子実三は水泳、ラグビー、バスケットボール、スキー等々、数多くのスポーツをモチーフとしています。日名子の描くスポーツ選手は、どこか優雅で、女性的で、精神主義の汗臭さが無い。最先端カルチャーとしての「スポーツ」が描かれていると言えるでしょう。そこが当時の人々に受け入れられた理由だったのかもしれません。
日名子自身もスポーツ選手との交流を持ち、水泳選手の高石勝男選手や、オリンピックで日本人初の金メダリストとなった織田幹雄選手の像なども制作しています。
このレリーフにも紳士のスポーツとしてのゴルフ、凛とした人物像です。
このモチーフを用いて立体もあるようで、広田肇一著「日名子実三の世界」で紹介されています。 

ちなみに、寄贈した湯沢三千男 はこんな人。