2019年8月5日月曜日

大塚英志著『大政翼賛会のメディアミックス 「翼賛一家」と参加するファシズム』を読む

大塚英志氏の著書は幾つか読んできたつもりですが、今回は痺れた。
面白い!
彼が80年代に始めて行ったと考えていたメディアミックス戦略や、昨今のオタク的消費者⇔表現者のあり方が、先の大戦の中で、国家主導ですでに行われてきたことを明らかにした本です。

よく考えてみればあたりまえ、戦前と現在は繋がっていて、大戦下のメディア体験あってこそ現在の私たちの「表現」や「消費」のスタイルがあります。
しかし、例えば漫画であれば、トキワ荘史観とでも言うような聖なる手塚治虫を出発点とした漫画史観を持つ私たちは、戦前との繋がりを見ることはありません。

そこで、大塚英志氏は、彼が「奇跡の九コマ」と呼ぶ手塚治虫の試作「勝利の日まで」でさえも、近衛文麿による翼賛体制によって製作された映画やアニメ、漫画の体験あってこそ生まれたのだと言います。
つまり、戦争目的の表現によって「手塚治虫」ができたのだと。

大塚英志氏のこのような議論を、私もこのブログで細々とですが行ってきたと思っています。
戦後史観の中で、見えなくされた戦前のリアリティーを知り、メダルと言う現在はほぼ無くなった戦時下のメディアを通して、過去が現在にどう繋がっているのかを考えたい。

現在行われている愛知トリエンナーレで、「表現の不自由展。その後」が取り止めとなり問題になっています。
これはこれで議論しなければならない事が多々ありますが、私がここで思うのは、戦後の左派的な「表現」ばかりが取り止めになったのどうだのと問題になるのに、戦前の八紘一宇、アジア主義だったり民族主義だったりする「表現」は、そもそもキュレーションされず、展示する機会もなく、議論されることも無かったということ言う事です。
(戦争画を「美術」として展示することはままありますが...)

その功罪は、先の大塚英志氏の議論で分かるように大きいと思っています。
戦前のあり方をどう評価するかは別の話で、まず「表現の自由」の下で公然と見えるようにしなければなりません。

というわけで、今回は「紀元二千六百年 海軍省 特別観艦式記念」レリーフです。


「八紘一宇の塔」もとい「八紘之基柱(あめつちのもとはしら)」が描かれた日名子実三の作品ですね。

1940(昭和15)年に横浜で行われた「紀元二千六百年特別観艦式」についてWikiには『聯合艦隊の艦艇98隻(596,000トン)による特別観艦式と、航空機527機(海軍航空隊及び観艦式参列艦船搭載機)による空中分列式(編隊飛行)が執り行われた。翌1941年(昭和16年)の大東亜戦争(太平洋戦争)開戦に伴い、以降の観艦式は行われなかったため、帝国海軍最後の観艦式である。』と書かれています。

大規模なイベントであり、このレリーフも大量に制作されたのでしょう。アルミ製になっています。

面白いのは、この観艦式が行われたのが昭和15年の10月、八紘之基柱が完成したのは同年の11月なんですね。
完成前でありながら、この「八紘一宇の塔」のイメージを利用しようとしているわけです。艦隊をモチーフにするよりも、このイメージを優先させているのですね。

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