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日名子実三原型の「第3回国際広告写真展覧会」メダルです。
日名子実三は、 大正から昭和初期に活躍した彫刻家。終戦の年である1945年に亡くなります。戦時下の日本を代表する彫刻家だったと言え、当時のメダルや記念碑等を多く手がけました。宮崎県にある「八紘之基柱」も彼の作です。
この「第3回国際広告写真展覧会」は1932年(昭和7)に行われました。
昭和初期において写真は新しいメディアであり、その普及の為、このような展覧会が行われたのでしょう。
このメダルの特徴は、表面のカメラを手にした裸婦。日中戦争の直前でありますが、この頃はまだ、このような裸婦像をモチーフにできたようです。しかし以降扱いが難しくなり、日名子自身も用いなくなります。
このメダルの特徴は、表面のカメラを手にした裸婦。日中戦争の直前でありますが、この頃はまだ、このような裸婦像をモチーフにできたようです。しかし以降扱いが難しくなり、日名子自身も用いなくなります。
日名子実三はこのモデルを好んで用いたようで、他にもこのモデルの彫刻がいくつかあります。
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