2019年5月12日日曜日

畑正吉 作 造幣局長 草間秀雄 レリーフ H.KUSAMA DIRECTOR OF THE IMPERIAL MINT

『H.KUSAMA DIRECTOR OF THE IMPERIAL MINT』と刻まれた1924(大正13)年当時、造幣局長だった草間秀雄のレリーフです。
このレリーフは、メダルとしても用いられています。

草間秀雄は、東京帝国大学法科大学法律科を卒業し、大蔵属となり税務監督官、ロシア駐箚財務官、大蔵書記官、主税局国税課長、造幣局長となります。
1924年には造幣局長を辞し、朝鮮総督府財務局長、朝鮮銀行監理官、東洋拓殖監理官を歴任し、満洲採金株式会社副理事長等を勤めた...まぁエリートですね。

このレリーフが1924年に制作されていることから、造幣局を辞した記念であったと思われます。
畑正吉が、造幣局の賞勲局技術顧問としてメダルを手がけ始めたのが1915(大正4)年、それ以降、多くのメダルを造幣局からの依頼で制作し、特に1924年は、第一回明治神宮体育大会が行われ、畑正吉のメダルが多くの人の手に渡った年でした。
草間秀雄は、こうした畑の作品の後ろ盾とであったのではないかと想像します。

ただ、草間秀雄のレリーフを作品としてみると、顔に比べて体が平らで貧弱に感じるところが気になりますね。
しかし、『H.KUSAMA DIRECTOR OF THE IMPERIAL MINT』と全てを英文字で表し、サインまでもそうであることから、「欧米に肩を並べる我が国の造幣局」といった畑の気概を感じます。
当時に於いて、洒落たデザインであったろうと想像できます。
草間秀雄もそういった人物だったのかもしれません。

0 件のコメント:

コメントを投稿