2021年7月5日月曜日

菊地鋳太郎 作「百合花ノ像本」


正面下に「菊地鋳太郎作 T.K.」のプレートが埋め込まれています。
石膏像制作販売のパイオニア菊地鋳太郎の石膏レリーフです。

菊地鋳太郎については、以前も紹介させて頂きました。
https://prewar-sculptors.blogspot.com/2018/01/42.html

どうなんでしょう?
菊地鋳太郎作となってますが、菊地の石膏製作所の作ということなのでしょうか?
①輸入した原型をコピーしたもの
②工房作品
③菊地鋳太郎本人の作
のどれかなのかもしれません。

菊地鋳太郎本人の作ではないかもしれませんが、白い肌に「百合」の姿も相まって、美しい石膏像ですね。
以前、Twitterで常滑の陶業試作訓練所に所蔵されている菊地鋳太郎作の石膏像を見て、是非コレクションしたいと思っていました。
嬉しいです。


裏側には、「熊本県立第一所女学校」所蔵のラベルが残っています。
「熊本県立第一高等女学校」は現在の熊本県立第一高等学校になります。
大正10年から昭和22年までこの名称が使用されていたので、その時期に所蔵されていた物でしょう。

...それにしても女学校で「百合」とは...
女学生が集まって、このレリーフでデッサンなんかしてたのかなぁ~(妄想)

2021年6月21日月曜日

北村西望作「怒涛」絵葉書




1915(大正4)年に行われた第9回文展出品作、北村西望の「怒涛」絵葉書です。
 文部省買い上げとなる西望の出世作ですね。

最初の絵葉書は手彩色です。
どうやら持ち主が水彩で塗ったようですね。
青色で塗ってありますが、実際は石膏に濃緑で彩色されていました。
この彩色された石膏像は国立近代美術館に所蔵されており、先日の『コレクションによる小企画 男性彫刻』展で展示されましたね。

官展での石膏像の展示は初期からみられるものですが、彩色はいつ頃から始まったのでしょうか?
当時の彫刻家は、銅像色に彩色するための研究も行っていたようですね。
ただ、院展系の作家が行う木彫の彩色を否定する考えも当時からあったようで、彫刻の彩色問題は調べると面白そうです。

2枚目の絵葉書は、この「怒涛」への感想のようです。
「何とブリリと張り切った豊肉だろう―
 緑色の〇(棈?)の力の溢る〇過ぎし〇肉塊」
合ってますか??
ところどころ読めないので言葉の意味はよくわかりませんが、とにかく男の肉体への愛は伝わります。
ちんこも彫刻にあるような曖昧もっこりでなく描いてますし。

2021年6月17日木曜日

雨田禎之?「第25回明治大学陸上大運動会」メダル





1932(昭和7)年に行われた「第25回明治大学陸上大運動会」のメダルです。
雨田禎之作との事ですが、サインがよくわからないですね~

雨田光平(禎之)は、1911(明治44)年に東京美術学校の彫塑部彫刻科へ入学。
卒業後に渡米し、ここでハープを学び始め、さらにフランスへ渡り、日名子実三と出会います。
帰国後に構造社に参加し、彫刻家として活動します。

彼の2番目の妻は、我楽多宗開祖三田平凡寺の次女です。
その我楽多宗を紹介する展覧会が、今年の初めに多摩美で行われていました。
https://www2.tamabi.ac.jp/iaa/garakutashu_iaa_exhibition/

この展覧会を、夏目漱石と三田平凡寺の孫にあたる夏目房之介氏が紹介されていましたね。
雨田光平と三田平凡寺、そして雨田の義理の甥である夏目房之介氏の関係はこんな感じです。

        雨田光平(禎之)
         |
三田平凡寺―――次女 伊登
        末女 嘉米子
         |―――――夏目房之介
夏目漱石 ―――長男 純一

さて、メダルに話を戻します。
このメダルが雨田光平のものとすれば、1932(昭和7)年は帰国して3年後、若き彫刻家として活躍していた時期です。
翌年には帝展彫刻部門無審査となります。

描かれたのは、剣を握り二人の男を組み伏す荒神の姿です。
円形に三人(柱?)入れて、さらに動きもあって、この造形の上手さは流石ですね。
ただ、いつもの通り、この神話がなんなのかわかりません。
まったく勉強不足で申し訳ない!

2021年6月7日月曜日

斎藤素巌作「帝都復興記念碑」レリーフ




大正12(1923)年に起きた関東大震災からの帝都復興事業を記念して、昭和5(1930)年に帝都復興祭が行われます。
このレリーフの背面に「帝都復興記念碑」とあり、これを記念して製作されたものだと思われます。
かなりの薄い浮彫なので、実際はもっと大きなレリーフ状の記念碑として製作され、その縮小版なのかもしれません。

三連祭壇の形状からわかるように、斎藤素巌はこのレリーフを宗教画として描いたと考えられます。
その為、復興からの再生が描かれているのだと思うのですが…そのストーリーがよくわかりません。
右側は震災難民しょうか。左には彼らに寄り添う豊穣の女神(災害から実りをもたらした大宜都比売神?)が描かれているように思います。
では、中心の三人の男は何を示しているのでしょう?
真ん中の男は斎藤素巌による第六回明治神宮体育大会メダルと同じような構図ですね。
左に鍬を持つ男が描かれていることから、復興を成し遂げた労働者の姿ではないかと思います。
(そこに女性の姿がないのは現代のフェミニズム的に問題ですね…)
当時の人たちであればこの物語が読み解けるのでしょうか?

2021年5月31日月曜日

体育賞 陶製レリーフ


作者不詳のレリーフです。
銘はありますが、よく読めません。「金」でしょうか?

陶で制作されていることから昭和15~20頃と思われます。
明治神宮体育大会のメダルもその頃から銅以外の素材が使われました。
https://prewar-sculptors.blogspot.com/2012/11/blog-post_6.html

モチーフはメストロウィッチ風の多重像で、スポーツ選手が描かれています。
https://prewar-sculptors.blogspot.com/2012/10/blog-post_25.html
3段と少なく、造形もそこまで達者ではありませんが、阿吽の様な左右の効果が面白く、結構気に入っています。

日名子実三 原型「島儀七翁之像」メダル




1918(大正7)年、日名子が東京美術学校を卒業した年の作品です。
広田肇一著「日名子実三の世界」には、このメダルが最古のものだと書かれています。
日名子のメダルを集め初めてかれこれ8年くらい。ようやくこれが手に入ったのかと感無量ですね~

「島儀七翁之像」とあることから、日名子による胸像制作の記念品としてのメダルではなかったかと推測します。
島儀七がどういった人物かは不明です。
造形は、立体感を感じるしっかりとした浮彫ですね。
さすが主席卒業者と言ったところでしょうか。


裏側が何もデザインされていません。そこまでの技術の無い業者に頼んだのか、または予算が無かったのか。

サインは英文字でJ.Hinagoと筆記体で書かれています。
後のデザイン化された文字ではなく、彫刻に刻む正当に合わせたという感じがしますね。
そう思うと、なんだか当時の日名子の若々しい気負いまで見えてきそうです。

2021年5月17日月曜日

無言館と四大元素と犬死


新潟市美術館で行われている『無言館―遺された絵画からのメッセージ―』展に行ってきました。
長野の無言館の作品郡を構成し展示した展覧会です。

私の趣味的に好物な展覧会で、かなり楽しめました。
戦時下に生きた人たちの生々しい作品は、拙くても面白い。
けれど、こう言うことを書くのは社会的に問題あることなのでしょうね。
この無言館の趣旨として、戦争の残忍さや彼ら若くして亡くなった作家たちの苦しみ、平和への祈り等々…
そういったものに思いを馳せる必要があるのでしょう。けれど、申し訳ないのですが、別段そこに興味がわかず。ただただ楽しく鑑賞しました。

作品をこう鑑賞す「べき」論は、昨今、本当に難しい問題になっていると思います。
ポリコレ的に先回りしなければ、表現できないという壁が高くなってきているように思います。

確かにナチスの退廃美術展のように、一方的な為政者による『鑑賞す「べき」』圧力は問題あるのですが、美術館や展覧会自体、そういった啓蒙的側面を持っています。
だからこそ、愛知トリエンナーレで政治問題化されました。
この『無言館―遺された絵画からのメッセージ―』展でも「遺された絵画からのメッセージ」を鑑賞者が読み解くことが期待されているわけです。

そして、そういった与えられた『鑑賞す「べき」』以外でも、例えばヒトラーの絵画から、絵画にまつわる物語を拭い去るのは難しいように、私たちは作品の文脈から『鑑賞す「べき」』圧力を受けないではいられません。

そう、村上隆氏的な「美術は文脈で見るべき」も、びじゅチューン的な「アートは自由に心のままに見てほしい」論も互いに受け入れられないが『鑑賞す「べき」』圧には変わらない。

美術はそういうものでしかないようなのですが、そいうの、私には必要なさそうです。好きにします。

この処の「カオスラウンジ」の問題も、東浩紀氏が自身の立場から批判しているのにも関わらず『アートはこうある「べき」』論者から、色々迷惑受けて大変そうだ。

前田良三著「ナチス絵画の謎」を読んだのですが、途中で投げ出してしまいました。
アドルフ・ツィーグラーの「四大元素」論なのですが、この作品がハンナ・アーレントがアイヒマンを評したように陳腐であることから論を始める。
なぜ陳腐とあなたが感じたのかには言及せす、それを現代の反ナチス論で埋めようとする。
そのため、「それってあなたの感想ですよね」とひろゆき氏みたいな事しか言えなくなる。
まぁ、そういう本自体が間違っているわけではないので、そっと頁を閉じるしかないわけです。(最後まで読めなかったので、もしかしたらまったく違うことが終わりのあたりで書いてるかもしれません。その時はすみません。)

最近、Netflixで「東京裁判」を観たのだけれど、東条英機の死と、無言館の学徒の死に違いを見出せませんでした。
ヒトラーの死とホロコーストのユダヤ人の死も同じです。
すべての死は犬死だと宮崎哲弥氏は話されたが、私も同じ意見です。
政治的に意味を持たせることとは別の話で、そう思います。
そういった犬死の残骸を持て遊ぶのが、物故作家の作品を鑑賞するという事なのだと思っています。