2016年6月7日火曜日

Intermission 美少年と女性画家の戦争画

「戦ふ少年兵美術展絵葉書」です。
1943年(昭和18年)に結成された、女性画家のみによる「女流美術家奉公隊」は、少年兵をモチーフにした展覧会「戦ふ少年兵美術展」を行います。
参加した画家は、洋画家長谷川春子、藤川栄子、三岸節子、桂ゆき(子)、谷口富美枝ら50名。






この展覧会の準備のために、奉公隊はいくつかの少年兵学校を訪問、スケッチを行ったようです。

戦争画(戦争記録画)というものは、国威発揚などの目的を持って、兵隊や戦闘機などが描かれたわけですが、描かれたその根底には、それらモチーフがただ単に「カッコイイ」からだと、思えてなりません。
現代でも、戦車や戦闘機、ガンダムなんかのフィギュアを並べて「グフフ...グフフ...」と悦に入っている大人もいますが、それと似たようなものだと思うのです。


それは、女性画家であっても同じだと思います。
つまり、少年兵が「カッコイイ」または「カワイイ」から描いたのだと。

女性画家たちは、モデルを前に「あの子カワイイ~~~」だとか言って、キャッキャウフフしながらスケッチしたに違いない(断言)

特にこの「少年兵の室」ですが、並んだベットに、キチンと畳まれた衣服、まるで少年愛を描いた漫画で言う「ギムナジウムもの」のようです。

吉良智子著「戦争と女性画家 もうひとつの近代「美術」」では、女性画家は女性を主題として銃後というジャンルに囲い込まれたと書かれていますが、私はモチーフの選択幅の狭さは表現の幅の狭さにはならないと思うのです。
現に、この「少年兵の室」のような絵は、男には描けません。



この絵もアブナイですね~~何を握っているのやら。

また、「戦争と女性画家」では、奉公隊が描いた働く女性のモンタージュ絵画「皆働之図」が男性中心の「国家」への逆らいのように書かれていますが、それ以上に大きな意味は、この絵を描きたくて描いたという女性作家たちの想いなのでは。

この絵は、まるでヘンリー・ダーガーの「非現実の王国」のように、男のいないユートピアを描いたものだと、私には見えます。
そこには、ローラ・ナイトの絵画のような現実性を感じないからです。

奉公隊の画家たちは、戦争状態という混沌化した秩序の中で、大文字の「美術」から離れ、少年愛や、男にいないユートピアなど、まるで現代のBLも含めた女性作家たちのように、自身の欲望を描き得たのではないか....そんなふううに妄想してしまいます。



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